「そういえば、前にもこれとおんなじようなことが、近所の悪がきやったか、水びたしにしてしもうたことがあった」
「近所のお子やのうて、それは私ですがな」
「そうやったかいな」
「自分の娘のことも覚えてへんの」
「自分のしたことを全部覚えてたら、こないに歳をとることができんかったやろうな」
「それもそうどすな」
「忘れても、悲しいことない?」
「ない、忘れてしもうたほうがええんや、昔の思い出ちゅうもんは。片手で数えられるくらいで十分や」
「そういえば、前にもこれとおんなじようなことが、近所の悪がきやったか、水びたしにしてしもうたことがあった」
「近所のお子やのうて、それは私ですがな」
「そうやったかいな」
「自分の娘のことも覚えてへんの」
「自分のしたことを全部覚えてたら、こないに歳をとることができんかったやろうな」
「それもそうどすな」
「忘れても、悲しいことない?」
「ない、忘れてしもうたほうがええんや、昔の思い出ちゅうもんは。片手で数えられるくらいで十分や」
3月がすきである。皆が皆、落ち着かないようでいて、忙しいようでいて、かたや何もせず、することがない、空っぽの季節。このところ、何をやっているかというと、歩き、食べて、写真を撮ったり映画を観たり本屋を廻ったりしている。時々音楽を聴いている。私の周りは多くが旅行に出てしまったので、町も、私の予定も空っぽである。こういう時間を存分に楽しめるほど、私は仙人がかっていないが、やがて6月や7月頃になってから、この季節を懐かしく思うだろう。この前実家へ帰ったら、庭の花壇から畑の畔まで菜の花の黄色で覆われていて、その黄色の花と茎葉の緑と春のまどろんだ光の色が私に高校を卒業する時分を思い起こさせた。卒業やら移転やらの節目の、ちょうど隙間の何もない季節のことである。